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2007年12月31日 (月)

2008年干支の山

新年でご覧になる方には、「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。」として

年末年始の話題、干支の子年にちなんで、年末に子の山に登りました。
子の字つく山は3つ有り、関東近辺では、子ノ権現
西武線沿線で、「関東ふれあいの道」として伊豆が岳-天目指峠-子ノ権現を結んだハイキングコースになっています。12/9に取材に行ってきました。

ということで子ノ権現にお参り。年賀状にも使わせていただきました。

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ネズミの図は奥の院の釈迦堂そばの観音像のところの置物です。
奥の院からは新宿方面がかすかに望むことができました。

『~ 足腰守護の神様  子ノ権現天龍寺 ~  以下、寺の縁起(境内の説明文)
当山は、延喜11年(911)に子ノ聖(ねのひじり)が天龍寺を創建されたことに始まります。
子ノ聖は、天長9年(932)、子ノ年子ノ月子ノ日子ノ刻に紀伊の国でお生まれになりました。幼い頃より聡明にして仏教に通じ、僧となっては諸国をまわり修行を積まれました。
特に出羽三山において修行をかさね、ある日月山の頂上に登り、年来誦する般若心経を取り出し、「南無三世仏母般若妙典、願わくば、われ、永く跡を垂るべき地を示し給え」と空中高く投げました。すると、そのお経は南へ飛んで、当山の奥の院(経ヶ峰)に降りたち光を発しました。この光を目当てに当山山麓まで来られ、山を開こうとした聖は、悪鬼どもに襲われて火を放たれました。しかし、十一面観音が天龍の姿となって現れ、大雨を降らしその火を消してくれました。その後、当山で修行教化に励まれた聖は、長和元年(1012)「我、すでに化縁つきぬれば、寂光土に帰る。然れども、この山に跡を垂れて、永く衆生を守らん。我、魔火のために腰より下に傷を負い悩めることあり、よって、腰より下に病ある者、誠の心で我を念ずれば、必ず霊験を授けん、能除一切苦。」という御誓願を遺し、齢百八十一歳で化寂されました。
それ以後、子ノ聖の尊像をお祀りして、足腰守護の神様として広く信仰されることとなりました。
尚、「子」には、物事の始まり、全てのものを育む大本の意味があります。』

山門を入ると特徴ある仁王像が待ち受けています。Nenga2008_12
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本堂横には2m以上あるわらじ、大きな下駄があり、足腰の神様をアピールしています。

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健康祈願してと、さらに奥の院はその裏手の高台にあります。子ノ権現は標高851mです。

奥の院からは新宿の高層ビル群?が霞んで見えました。

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