続:2008干支の山
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新年でご覧になる方には、「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。」として
年末年始の話題、干支の子年にちなんで、年末に子の山に登りました。
子の字つく山は3つ有り、関東近辺では、子ノ権現
西武線沿線で、「関東ふれあいの道」として伊豆が岳-天目指峠-子ノ権現を結んだハイキングコースになっています。12/9に取材に行ってきました。
ということで子ノ権現にお参り。年賀状にも使わせていただきました。
ネズミの図は奥の院の釈迦堂そばの観音像のところの置物です。
奥の院からは新宿方面がかすかに望むことができました。
『~ 足腰守護の神様 子ノ権現天龍寺 ~ 以下、寺の縁起(境内の説明文)
当山は、延喜11年(911)に子ノ聖(ねのひじり)が天龍寺を創建されたことに始まります。
子ノ聖は、天長9年(932)、子ノ年子ノ月子ノ日子ノ刻に紀伊の国でお生まれになりました。幼い頃より聡明にして仏教に通じ、僧となっては諸国をまわり修行を積まれました。
特に出羽三山において修行をかさね、ある日月山の頂上に登り、年来誦する般若心経を取り出し、「南無三世仏母般若妙典、願わくば、われ、永く跡を垂るべき地を示し給え」と空中高く投げました。すると、そのお経は南へ飛んで、当山の奥の院(経ヶ峰)に降りたち光を発しました。この光を目当てに当山山麓まで来られ、山を開こうとした聖は、悪鬼どもに襲われて火を放たれました。しかし、十一面観音が天龍の姿となって現れ、大雨を降らしその火を消してくれました。その後、当山で修行教化に励まれた聖は、長和元年(1012)「我、すでに化縁つきぬれば、寂光土に帰る。然れども、この山に跡を垂れて、永く衆生を守らん。我、魔火のために腰より下に傷を負い悩めることあり、よって、腰より下に病ある者、誠の心で我を念ずれば、必ず霊験を授けん、能除一切苦。」という御誓願を遺し、齢百八十一歳で化寂されました。
それ以後、子ノ聖の尊像をお祀りして、足腰守護の神様として広く信仰されることとなりました。
尚、「子」には、物事の始まり、全てのものを育む大本の意味があります。』
本堂横には2m以上あるわらじ、大きな下駄があり、足腰の神様をアピールしています。
健康祈願してと、さらに奥の院はその裏手の高台にあります。子ノ権現は標高851mです。
奥の院からは新宿の高層ビル群?が霞んで見えました。
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新年おめでとうございます。
年末から正月にかけて帰省します。ケータイもつながらない田舎のため、正月の挨拶の待ち受け画面を登録します。
雄大な富士山の画像です。2006/11/13 快晴の空に聳える富士山...東海道新幹線から、愛鷹山塊を抜けて富士山が頭を出し、立ち上がってくる富士市付近にて(画像クリックで拡大)
お急ぎでない向きにはこちらに動画もございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。 <(_ _)>
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新年の干支にちなんで猪を探しました。自分の好きな山から~
箱根の外輪山の金時山は、富士山、仙石原、芦ノ湖、神山などの大パノラマで有名です。
ハイキングの初心者で、この山と湖の景色からはまった方が大勢です。
金時山は、猪が空に鼻を突き出したようなその山容からか昔は亥鼻山と呼ばれていました。実写とCGで比較してみました。(クリックで画像は大きくなります)
GoogleEearth と カシミール3D(国土地理院 標高データ使用)
猪の鼻のような山容が確認できます。
実写は1990/11/12に大涌谷から神山を経て駒ヶ岳に出るコースの途上のものです。
金時山には、1991/5/4に登りました。外輪山の明神ヶ岳から見る金時山と比べて確認してみましょう。
実写は次の画像がよろしいようです。
それでは、良いお年を。
新年になってご覧になった方へは、明けましておめでとうございます。
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